『文化的景観で散居村を救えるか』奥敬一氏講演 散居村特別セミナー(前編)
水と匠では、昨年度から観光庁の「サステナブルツーリズム推進」モデル事業として、楽土庵を軸とする散居村保全と未来継承事業に取り組んでいます。
その一環として2023年10月8日(日)、富山大学教授で散居村研究者でもある奥 敬一(ひろかず)さんと、富山市出身で服飾史家として「ポスト(新)ラグジュアリー」を提唱する中野香織さんを講師に迎え、「となみ野散居村」についてあらためて学ぶセミナーを開催しました。
当日、80名定員の会場はほぼ満席になり、地域の人々の高い関心がうかがえました。
2時間半に及んだセミナー、レポート前編では奥敬一さんの講演をお伝えします。
◉奥 敬一 富山大学 学術研究部芸術文化学系 教授
東京大学農学部卒業、(独)森林総合研究所を経て2014年より富山大学へ。2021年4月より現職。専門は造園学、風景計画学。石川県出身で約四半世紀ぶりに北陸に戻り、文化的な風景の奥深さに気付かされる。その源泉はどこにあり、それをどのように伝え活用すべきなのかを示していきたいと考えている。2021年より富山県景観審議会会長。最近の著書に『21世紀の砺波平野と黒部川扇状地(部分執筆)』(桂書房)、『林業遺産(部分執筆)』(東京大学出版会)など。砺波市散村地域研究所所員として『砺波散村文化研究所紀要』にも多数寄稿。
『文化的景観で散居村を救えるか』
みなさんこんにちは、奥敬一です。私は主に景観計画、地域の風景や歴史文化をどのように快適に残していくかを研究してきました。富山に来て最初に気になったのが散居村で、以来約10年ずっと砺波平野の特別さを実感し続けています。
今回の講演タイトルは「文化的景観で散居村を救えるか」。普段あまり強い言い方はしないのですが、私自身散居村が好きで危機感を持っているなかで、こういったタイトルを考えました。
話のスタートはやはり散居村を上からみた景観からになります。
想像してほしいのは「この風景がいつまで続くか」ということです。
この風景から屋敷林がなくなったらどうなるのか。時が経てば風景は変わります。その変化が趣を残すものであるのか、全く別のものに変質するのか。今考える時にきていると思います。
生業が形成した風景を評価する流れ
「文化的景観」とは、現在は主に文化庁が文化財行政の中で使っている言葉です。
文化的景観をわかりやすくいうと「その地域で生活が続いてきた証となる風景」でしょうか。
この言葉がとりわけ注目を集めるようになったのは概ね30年ほど前からです。まずは海外で1992年に世界遺産登録指針のひとつとして「文化的景観」を加える話が出ました。そして人間と自然との共同作業によって生み出された景観、特に農林水産業に関わる伝統的な生業にもとづいて形成された景観を「文化的景観」として評価する方針が出されました。それ以前はピラミッドなど有名な史跡が世界遺産の中心でしたが、生業のなかでつくられた風景を評価しようという流れが生まれたんです。
その流れに沿ってマザーグースの舞台になっているイングランドの湖水地方や、ハンガリーのトカイワインの産地、コロンビアのコーヒー産地など、今も現役の生産地でありかつ世界遺産である場所が世界中に生まれてきました。
景観が国宝や重文と同じ文化財に
日本では当時まだ文化的景観に対応する枠組みがなく、文化庁主導のもと2000年頃から調査が始まりました。そして2004年に文化財保護法が改正され、文化的景観が新しい枠組みとして定められました。
この法律のなかで文化的景観とは「地域における人々の生活、生業、当該地域の風土から生まれたもの、我が国における生活、生業の理解のために欠くことのできないもの」と定義されています。そして国宝や重要文化財と同じように、地域の風景が文化財になることが明確に示されました。
現在日本では72の重要文化的景観が指定されていて、地域でみると明確に西高東低になっています。北陸は石川県は3件ありますが、富山県は空白です。
文化財は保護が必要なものですから、選定されれば国から支援を受けられるようになります。文化的景観の選定には計画をつくり、その地域にあった守り方を選んでいくようになっています。地域の主体性が必要なんですね。また生業が受け継がれてきた歴史的な経緯や地域社会にとっての意義を包括的に調べてひとことで表す「本質的価値の明確化」も必要です。
価値を損なわない変化は許容される「動態的保存」
例として、大分県にある田染荘小崎(たしぶのしょうおざき)の農村景観があります。ぱっと見は五箇山のような合掌造りが並んでるわけではない、普通の家が並ぶ集落ですが、田んぼの地割りが昔の荘園そのままのこっている。そこに価値を見出されて選定されました。
集落も文化財の一部ですが、普通の暮らしをされています。ここには「動態的保存」という考え方が適応されています。
動態的保存とは「仮に近現代に登場した要素であっても風景の維持に必要と評価できるならばそれも大事な要素として保存の対象にできる」仕組みです。
史跡としての世界遺産や重要伝統的建造物保存地区など、古い形を残さなければいけないものとは違い、価値を損ねない範囲であれば現代社会に適応するための変化は許容される。そのためのルールを自分たちで決めて、自分たちなりの守り方ができる方法になっています。
散居村はかつて文化的景観の候補だった
先ほど富山に文化的景観はないとお話ししましたが、実は候補はあったんです。
法律改正前に文化庁が行った調査報告は『日本の文化的景観』として書籍刊行されていて、砺波平野の散居村が大きく取り上げられています。実は散居村は当時既に文化的景観のモデルのような扱いを受けていたんです。
砺波市でも2006年から選定に向けた調査がはじまり、価値を明確にして、あとは申請していくだけ…という状況だったのですが申請まで進めなかった。その経緯は今いらっしゃる皆さんのほうが詳しいのかなと思います。
私的な維持管理の限界、公共財としての保全
その後かれこれ十数年経ち、何が起きてきたか。2004年に強風による倒木があったことをきっかけに、倒木や枝落ちなどを恐れて、半数の世帯で屋敷林が減少、または消失しています。
落ち葉の処理や枝打ちの労力、金銭的コストなど、維持に関しての悩みも深くなってきています。野焼きの禁止から剪定枝が燃やせないことにも皆さん苦労してらっしゃいます。手入れをする人も高齢化し、ほとんどが60代以上。50代以下は仕事が忙しくて屋敷林の維持まで手が回らず、「そんなに手間とお金がかかるならば切ってしまおう」という状況が進行しています。
もう私的な維持管理は限界なんです。
今は生活上の価値を実感してきた人がいるためなんとか残っていますが、世代交代して価値の実感のない人が継いでいくと、景観が変化することは容易に想像できます。
個人の財産として管理が難しいのであれば、公共的な文化資産とするしかありません。散居村の価値を「文化財として守るべきものだ」とはっきりさせるべき時に来ていると思います。所有者の責任だった手入れや管理を、地域内外の人で守り合い、メリットも公共財として共有するものと位置付けていく必要があると思うのです。
「文化的景観」で散居村を救う
『文化的景観で救えるか』。救えると思いたいからこそ、このタイトルを掲げました。文化的景観の指定にはハードルもありますが、行政も住民も仕組みを使いこなせれば、デメリットよりもメリットの方がはるかに大きくなるはずです。
もう一度チャレンジする必要があるのではないか。そしておそらく今が最後の機会になると思います。
世代交代すると価値の実感のない人が増えますし、景観は必ず易きに流れます。維持管理を続けてきた人たちがまだまだ元気で、技術や考え方を引き継げる状態の今しか機会はないのではないか。「そろそろ散居村も文化財にしたほうがいい」、そんな議論を皆様がそれぞれの地域に持ち帰っていただければと思う次第です。
屋敷林を人々の集いの場に
屋敷林のある庭は都会に住む人には大変な価値があります。屋敷林のあるレストランやホテル、屋敷林のある本屋さん、屋敷林のある図書館、屋敷林のある子ども園、屋敷林のあるシェアハウス。そういうものがもっともっと増えていったらと思います。またオープンガーデンのような試みも良いと思います。庭を少し公開することで、外の人の協力も得て守っていくような仕組みづくりが今後大事になると思います。
皆さんのアイディアの呼水になればと、いくつか私のアイディアをお話ししました。ぜひ皆さんもさまざまなアイディアを考えていただければと思います。
『新しい豊かさの世界へ 倫理、ローカル&ヒューマニティ』中野香織氏講演 散居村特別セミナー中編につづく
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